若くして亡くなったMさんのこと
私の周りでは、若くして亡くなっている人が残念ながら多いです。
小学校でバレーボールなどをして一緒に遊んだ運動神経抜群の女の子。
高校の時に何かと声をかけてくれた先輩。(実は私が片思いだった人のお姉さん)
高校時代、帰る方向が同じでよく一緒に歩いた同級生。
一緒に母校で教育実習を受けた別の音大の人。
音大で同じ門下のMさん。
いずれも親しく付き合ったわけではありませんが、たぶん町でばったり会ったとしたら「わ~、久しぶり。お茶でもどう?」というような間柄です。
その中でもMさんは特に印象に残っています。
私の学年には大先生の門下生は5人いたのですが、彼女もその中の一人でした。
自宅が遠かったので寮に入っていて、それはそれは勉強熱心で負けず嫌いの学生でした。
うちの大学は試験が厳しく曲数も多かったのです。
夏と冬の試験では、エチュード2曲、バッハ、古典派、近代よりそれぞれ選ぶというものでした。
彼女が大学2年の時、自ら選んだ実技テストの曲は次の通りです。
エチュード :ショパン『木枯らし』
スクリャービン :Op.8-12
バッハ :パルティータ 第2番全曲
古典 :ベートーヴェン ソナタ『熱情』全楽章
近代 :プロコフィエフ ソナタ3番
大先生はレッスンの時間が足りないと悲鳴をあげておられました。
ちょっとしたリサイタルなみのプログラムです。
そんな彼女が大学3年生の時大先生に推薦されて、他の大学のオーケストラとピアノコンチェルトを協演することになりました。
しかしこのことがきっかけで、今までピアノ一筋だった彼女は、ピアノ以外の楽しい世界を知ってしまったのです。
~推薦するのが早すぎた~と大先生が後悔されていたのを覚えています。
結局彼女はピアノと全く関係のない会社へ就職していき、ピアノから離れてしまいました。
それから数年後、会社の先輩と結婚して子供が生まれたと聞きましたが、程なくしてMさんは亡くなってしまったのです。
風邪から運悪く脊椎にウイルスが入ったということでした。
ショックはもちろんのこと、それよりもびっくりしたのは、その頃私が練習していた曲は『パルティータ2番』でその前が『木枯らし』、その前が『プロコのソナタ3番』そして『熱情』の譜読みに入っていたということです。
何かに導かれるように、私はMさんと同じ選曲をしていたのでした。
ちょうどその頃、私は大先生のレッスンを受けていない時期でした。
Mさんに「ちゃんとレッスン行きなさいよ」と言われている気がしました。
子どもから大人までピアノ指導する傍ら、本サイト「ピアノサプリ」を開設し運営。【弾きたい!が見つかる】をコンセプトに、演奏効果の高いピアノ曲を1000曲以上、初心者~上級者までレベルごとに紹介。文章を書く趣味が高じて、ピアノファンタジー小説「ピアニーズ」をKindleにて出版。お仕事のお問い合わせはこちらからお願いします。