グリーグについて

エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ(1843~1907)
ノルウェーの作曲家である。

父はビジネスマン、母は元ピアニスト兼詩人という、裕福で教養のある家庭に生まれた。

グリーグは母の奏でる音楽の中で育ち、ドイツ・ライプツィヒ音楽院に留学する。ピアノ、作曲共に優秀な成績をおさめ、卒業後はデンマークのコペンハーゲンに住み活動する。

当時のノルウェーはスェーデンの統治下にあり、文化程度があまり高くなく、北欧で一番文化が栄えていたのがコペンハーゲンだったのである。

そこで、従姉妹で声楽家であるニーナと出会った。ニーナの家は名家だったため、当時無名のグリーグとの結婚は反対されたようだ。まるでシューマンとクララのようである。

二人は結婚したが、最愛の娘を1歳で亡くすなど、彼らの結婚生活は順風なスタートではなかった。

しかし徐々にグリーグが作曲家として認められ、彼の作曲した曲を歌うニーナ夫人と共に人気が高まっていった。

グリーグはノルウェーを深く愛していた。ノルウェーの自然からインスピレーションを受けて作曲し、ノルウェーの民族音楽を曲に盛り込んだ。

当時、自国の民謡や民族音楽を重視した楽派は国民楽派と名づけられていた。グリーグはノルウェーの国民楽派として活躍し、その音楽は北欧のショパンと呼ばれた。

ちなみにムソルグスキー、ドヴォルザークはロシアの、シベリウスはフィンランドの、アルベニスはスペインの、それぞれ国民楽派である。

彼はピアニストとしても優れていたが、小さなカエルの置物をお守りのように大切にし、演奏会の時はあがらないようにポケットの中に入れて握りしめているような可愛い人柄であった。このカエルの置物は、現在はグリーグ博物館になっている彼の家に展示されている。

夫妻は名実共に地位を確立していったが、気さくな人柄はとても人望があり、多くの友人に囲まれていた。

「音楽家である前に、まず人間であるべきだ。」という彼の言葉が物語っている。

同じくノルウェー出身の『人形の家』で有名な劇作家イプセンは非常に気難しい人であったが、グリーグには心を開いていたそうだ。

グリーグの肖像画はノルウェーの500クローネ札に使われていたことからも、その評価の高さが伺い知れる。

小説「ピアニ>ーズ」
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