いざ音大受験へ~高校時代

楽譜進行マップ
楽譜体験マップ

第一志望の高校に無事合格しましたが、高校時代は勉強の厳しい学校だったので、ピアノ練習の時間はそれほど取れませんでした。しかも私はピアノを長時間練習するのが苦手で、恥ずかしながら日祝日の6時間が入試前の最長記録です。

相変わらず1年時にはやんわりとクラブ活動もしていたし、聴く方の音楽もクラシックではなく、結構不真面目なレッスン生でした。

ソナタや自由曲は暗譜まで行かずに3~4回のレッスンで仕上げていました。高校の定期テストの時を除いて毎週レッスンがあったので、1ヶ月1曲のペースだったと思います。ピアノレッスンの帰り道に新しい楽譜を買って、すぐに次の曲に取り掛かるという感じでした。

師匠のレッスンは同学年の友人と2人一組でした。一人1時間半くらいだったと思います。お互いのレッスンを聴講し、メモを取ったりして、とても勉強になりました。

相変わらず家で練習するより師匠の前の方が良く弾けて、しかもレッスン中に上達するのがわかりました。レッスンの次の日に母がいつもびっくりしていたことを思い出します。師匠の指導力が素晴らしく、相性も良かったのだと思います。

高校2年生になって、師匠に聴音の先生を紹介して頂き、毎週レッスンに通いました。楽典は、問題を渡されて独学で次週までに解いていくという形式です。楽典は通学やレッスンの電車の中と決めていました。

ツェルニー50番(楽譜種別:練習曲)

13歳~15歳頃。
高校受験で2ヶ月間ピアノを休み、またツェルニーが遅れてしまいました。やっと終わったのは高校2年生になった頃。ついにツェルニーからの呪縛から解き放たれ、とても嬉しかったのを覚えています。

クラーマー=ビューロー60番練習曲(楽譜種別:練習曲)

14歳~16歳頃。
ロマン派を弾くための練習曲です。こちらは音楽的にも美しい曲が多く練習もはかどりました。現在教えている再開組の大人の生徒さんは、ツェルニーをやらずにこちらを使っています。

バッハ平均律第1巻、第2巻(楽譜種別:バロック)

14歳~
音大受験の課題曲に必ず入っています。4声も増え、ますます複雑になっています。他にもイタリアンコンチェルトやパルティ―タ等を挟みながらバッハとのお付き合いは続きます。

スケールとアルペジオ(楽譜種別:指の訓練の曲)

15歳~17歳頃。
ハノンの中にありますが、この頃は全調の中からその場で師匠に言われた調を弾く、というのがレッスンの始まりの儀式でした。

例えば「A Dur」だったら、イ長調の音階とアルペジオをメトロノーム132くらいの速さで暗譜で弾きます。

ショパンエチュード(楽譜種別:ロマン派)

15歳頃~
こちらも音大の受験曲に必ず入っています。師匠からパデレフスキ版を使うように指示がありました。初めての曲は『黒鍵』でした。

その後、音大時代も弾き続けます。『別れの曲』などは学生時代には弾かなくて良いと言われました。

モシュコフスキー15の練習曲(楽譜種別:練習曲)

15歳~17歳頃。
1曲がツェルニーやクラーマー=ビューローよりも長いですが、素敵な曲が多いです。音大に入学して初めてのテストでも、課題曲の中に入っていました。

ドビュッシー(楽譜種別:印象派)

15歳頃~
初ドビュッシーは『アラベスク第1番』でした。古典派やショパンやシューベルトをたくさん弾いた後、やっと憧れの曲を頂きめちゃくちゃ嬉しかったのを覚えています。その後『ピアノのために』『水の反映』などへ続きます。
作曲家ドビュッシーについて。(←クリックしてご覧下さい)

ラヴェル(楽譜種別:印象派)

15歳頃~
初ラヴェルは『ソナチネ』。その後音大生になり、当時の私の音はラヴェルが合っていたらしく、コンチェルトの課題は『ト長調』、卒業試験は『夜のガスパール』でした。

ブラームス(楽譜種別:ロマン派)

15歳頃~
手も大きくない上にブラームスのような重厚な音は苦手でした。初ブラームスは『ラプソディ作品79-2』です。師匠に「おこちゃまの演奏」と言われ、苦戦したのを覚えています。